ご祝儀3万円がきついのは、ケチだからではない — 保険が片道になった

いとこの結婚式に招待された。ご祝儀は3万円が相場らしい。交通費と宿泊費と服で、合計5万円を超える。

正直きつい。 そして、きついと思う自分がケチなのではないかと感じて、誰にも言わない。

この記事は、その感覚が正確だという話をします。金額の是非ではありません。あなたが検知しているものが実在するという話です。

ご祝儀は「保険」だった

まず、この習慣が何だったのかを確認します。

ご祝儀は相互扶助の仕組みです。世帯がひとつ立ち上がるときに、周りが金を出して初期費用を支える。そして自分の番が来たときに、同じように出してもらう。

つまり掛け金と受け取りがある。保険や講に近い形です。単なる贈与ではなく、回収の見込みが組み込まれた拠出でした。

この仕組みが成立する条件は、ひとつだけです。

ほぼ全員に、自分の番が来ること。

出す人が全員いずれ受け取る側になるなら、収支は釣り合います。誰も損をしません。

条件が消えた

そして、この条件は消えました。

2020年国勢調査の50歳時未婚率(生涯未婚率)は、**男性28.3%、女性17.8%**です(不詳補完値)。

比較すべきなのは過去のほうです。1980年まで、男性のこの数字は3%未満でした。

50歳時未婚率(男性)
1980年まで3%未満
1985年3.9%
2020年28.3%

ご祝儀の相場が形成されたのは、左側の世界です。男性の97%以上が結婚していた時代の仕組みです。そこでは「自分の番」は事実上全員に来ました。

いまは4人に1人以上に来ません。そして交際そのものを望まない未婚男性が33.5%います。

相互扶助のうち「互」の部分が、相当な人数について成立しなくなった。

だから片道になる

ここが結論です。

回収の見込みがない人にとって、ご祝儀は片道の支出です。

出すだけで、受け取る側には回らない。同じ3万円が、誰かにとっては保険料で、誰かにとっては純粋な移転になっている。同じ額を出しているのに、意味が違う。

これは金額の問題ではありません。仕組みが前提していた対称性が失われている、という構造の問題です。

そして、きついと感じる人が検知しているのはまさにこれです。「自分は出すけれど、回ってこない」という非対称。ケチだから嫌なのではなく、片道だから嫌なのです。 感覚のほうが正しい。

なぜ額が更新されないのか

不思議なのは、条件が変わったのに相場が変わらないことです。理由は言葉のほうにあります。

「相互扶助だから出す」と、もう誰も言いません。

いま流通しているのは「常識だから」「3万円が相場だから」です。根拠が説明されなくなり、慣習だけが残った。 根拠を示さない規範は、外部の条件が変わっても更新されません。誰も更新の理由を持ち出せないからです。

これはデート代論争とまったく同じ形です。奢る慣習も、収入差が制度的に固定されていた時代の規範が、条件を失ったまま残っている。そして見合いから市場への移行でも、機能は消えて規範だけが残りました。

このサイトが何度も書いているのは、この一種類の現象です。 支えを失った規範が、根拠を言えないまま「常識」として残る。

ただしデート代より扱いやすい

ひとつ違いがあります。

決着しない問いの3条件に当てると、ご祝儀は3つ目を満たしていません。

条件デート代ご祝儀
規範を事実の形で問う
比較の基準が不在△(金額なので数えられる)
当事者の属性が争点○(男女)×

ご祝儀は男女の争いではありません。属性が争点に入っていない。 だから譲歩がアイデンティティのコストになりません。

これは実用的に大きい差です。ご祝儀の話は、当事者間で合意すれば終わります。 デート代論争が10年終わらないのに対して、ご祝儀は「うちはこうする」で片がつく。話が通じる余地が残っています。

実際にどうするか

処方を書きます。

回収を前提にするのをやめる。

相互扶助への拠出だと思って出すと、回収の見込みと突き合わせて計算が合わなくなります。合わないものを合わせようとするから苦しい。

その人個人への贈り物として額を決める。 保険料ではなく贈与だと決めてしまえば、相場との差額に罪悪感を持つ理由が消えます。3万円出すなら、それは相場に従ったのではなく自分が決めた額です。2万円にするなら、それも自分が決めた額です。

行かないという選択も、同じ枠で決められます。 欠席のご祝儀をどうするかで悩むのは、まだ「義務の履行」として考えているからです。贈与なら、贈るか贈らないかを自分で決められます。

招く側について

一言だけ。招待する側を責める話にはしません。

ただし事実として、招待は回収の見込みが人によって大きく違う仕組みへの参加を頼む行為になっています。同じ招待状が、相手によって重さが違う。

招く側がこれを知っておくと、来られない人を軽んじずに済みます。断りが冷たさの表明ではないと分かるので。それだけでも、この話を構造で理解する価値はあると思います。

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出典: 総務省「令和2年(2020年)国勢調査」に基づく50歳時未婚率(不詳補完値・男性28.3%/女性17.8%)。国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(2021年)」。ご祝儀の相場額は各種調査で流通している目安を参照しており、法令や公的基準ではありません。

よくある質問

ご祝儀の相場はいくらですか?
友人・同僚で3万円、いとこなどの親族で3〜5万円が一般的な目安として流通しています。ただしこの記事はこの金額の妥当性ではなく、なぜこの金額が根拠を示せなくなっているのかを扱います。
ご祝儀をきついと感じるのはおかしいですか?
おかしくありません。ご祝儀はもともと相互扶助で、自分の番が来たときに回収する仕組みでした。回収する見込みがなければ片道の支出になります。きついと感じるのは、その変化を正確に捉えているだけです。
生涯未婚率はどれくらいですか?
2020年国勢調査の50歳時未婚率(不詳補完値)で男性28.3%、女性17.8%です。1980年まで男性は3%未満でした。ほぼ全員が結婚していた時代に成立した仕組みが、そうでない時代にそのまま残っています。
結婚式に招待するのは迷惑なのですか?
招待そのものが悪いという話ではありません。ただし招待は、回収の見込みが人によって大きく違う仕組みへの参加を頼む行為になっています。相手によって重さが違うということは、招く側が知っておいて損はありません。
ではどうすればいいのですか?
相互扶助への拠出ではなく、その人個人への贈り物として額を決めることです。回収を前提にしないと決めてしまえば、相場との差額に罪悪感を持つ理由がなくなります。