「彼女いない歴=年齢」は経歴ではない — 不在に年数を数えるという発明

「彼女いない歴=年齢」

よくできた表現だと思います。短く、自嘲が効いていて、説明が要らない。だから広まった。

ただ、この表現には普通の日本語がやらないことが入っています。

不在に年数を数えている

「〜歴」は、ふつう蓄積したものに付きます。

社会人歴10年。営業歴5年。喫煙歴20年。いずれもやってきたことの量を示しています。年数が意味を持つのは、その間に何かが積み上がっているからです。

「彼女いない歴」は逆です。なかったことに年数を数えています。

他の場面でこの形は使いません。「風邪ひいてない歴3年」とは言わない。「骨折してない歴=年齢」とも言わない。不在は普通、年数で管理しないからです。

にもかかわらずこの表現だけが定着している。ということは、この不在は蓄積として扱われているということです。

蓄積していないものが蓄積して見える

ここが実際の効果です。

年数がつくと、積み重なった経歴に見えます。30年なら30年分の何かが溜まっているように読める。

しかし何も溜まっていません。去年と今年で状態は同じです。増えているのは年齢だけで、不在そのものは増えていない。

それでも「30年」という数字が出ると、重さが発生します。 1年より30年のほうが深刻に見える。この重さは、表現が作ったものであって、状態が持っているものではありません。

数字を見る

そして、この状態がどれくらい珍しいのかを確認します。

第16回出生動向基本調査によると、**20歳以上の未婚男性のうち、交際経験がないのは約40%**です。

男性女性
交際経験なし(20歳以上・未婚)約40%約30%
交際相手がいない(未婚)72.2%64.2%
交際を望まない(未婚)33.5%34.1%

多数派ではありませんが、例外でもありません。 5人に2人です。

つまりこの表現は、5人に2人が該当する状態を、個人が積み重ねた失敗として記述していることになります。記述として不正確です。

分布の位置を経歴に変換している

言い方を変えます。

交際経験がないというのは、分布上の位置です。市場は選好を集中させるので、集中に入らなかった参加者は経験を積みません。そして経験がないと次の試行の条件が不利になる。この累積が、裾に相当な人数を積み上げます。

これは方式が生む形です。割り当て制の時代には起きませんでした。仲介者が持ち込むので、選好の集中と無関係に接続が発生していたからです。

「彼女いない歴=年齢」は、この分布上の位置を、個人の経歴に変換します。

これは「弱者男性」という語がやっていることと同じ操作です。あちらは分布を属性に変え、こちらは分布を経歴に変える。どちらも、原因を仕組みから個人に移します。

移すと何が起きるか。対処の手がかりが消えます。 仕組みは変えられますが、経歴は変えられません。「30年分の不在」は、定義上どうやっても解消できない。

自嘲は無料ではない

この表現は、ほとんどの場合自分について使われます。自嘲です。

自嘲には効用があります。先に自分で言っておけば他人に言われない。場が和む。実際に有効な場面はあります。

ただし代償があります。

自嘲として口にした瞬間、その枠組みを自分でも採用することになります。「30年分の不在を抱えた人物」という記述を、冗談の形で自分に適用している。冗談だから軽く見えますが、枠組みは軽くありません。

そして相手も、その枠組みで受け取ります。「交際経験がない」と言われるのと「彼女いない歴30年」と言われるのでは、同じ事実なのに受け取られ方が違う。 後者だけが蓄積を含意しているからです。

言い換え

処方は単純です。年数を外す。

経歴の言い方状態の言い方
彼女いない歴=年齢交際経験がない
30年分の不在いま交際していない
ずっとダメだった分布の裾にいる

右の列は面白くありません。 自嘲として使えないし、笑いも取れない。

そのかわり、事実と一致していて、変えられる部分が残ります。 状態は変わり得るものです。経歴は変わりません。

何を言っていないか

線を引いておきます。

「気にするな」とは言っていません。 経験の不在が次の試行で不利に働くのは事実です。

「言葉を変えれば解決する」とも言っていません。 分布は言い換えでは動きません。

言っているのは、記述が事実より重いという一点です。5人に2人の状態に、30年分の重量を付けている。その重量は表現が作ったもので、あなたが背負う義理はありません。

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出典: 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(2021年)」。

よくある質問

「彼女いない歴=年齢」の人はどれくらいいますか?
正確に一致する統計はありませんが、近い数字はあります。第16回出生動向基本調査では20歳以上の未婚男性のうち交際経験がないのは約40%です。珍しい状態ではありません。
なぜこの言い方が問題なのですか?
不在に年数を数える形をしているためです。年数がつくと積み重なった経歴に見えますが、実際には積み重なっていません。分布上の位置を、個人が蓄積した失敗として記述する言い方になっています。
経験がないと不利になるのは事実ではないですか?
不利になる面はあります。ただしそれは経験の有無が次の試行の条件になるという市場の性質であって、人物の欠陥ではありません。原因を人物に置くと対処の手がかりが消えます。
正直に言うべきですか、隠すべきですか?
この記事は処世術を扱いません。ただし「歴」という枠組みで自己紹介すると、相手も年数として受け取ります。事実として経験がないことと、年数として提示することは別の行為です。
どう言い換えればいいのですか?
年数を外すことです。「交際経験がない」は状態の記述で、「彼女いない歴◯年」は経歴の記述になります。同じ事実でも、後者だけが蓄積を含意します。