「弱者男性」という言葉が説明しないこと — 分布を属性にすり替える代償

この語について、まず認めるべきことがあります。指している対象は実在します。

20歳以上の未婚男性のうち、交際経験がないのは**約40%**です(第16回出生動向基本調査)。交際相手がいない未婚男性は72.2%。これは感想ではなく統計に出ている分布です。

分布の裾に相当な人数が積み上がっている。それを指す言葉が必要だったのは、事実として理解できます。

問題は、選ばれた言葉が属性の名前だったことです。

分布と属性は違う

同じ現実を2通りに書いてみます。

A. 市場は選好を集中させるので、集中に入らなかった参加者は経験を積めず、次の試行でも不利になる。この累積が分布の裾を作っている。

B. 弱者男性という層が存在する。

指しているものは同じです。できることが違います。

Aは仕組みを書いています。仕組みには入力と出力があるので、どこを変えると分布が変わるかを議論できます。見合いという割り当て制がこの累積を起こさなかったのはなぜか、という比較もできる。

Bは属性を書いています。属性は所属を作ります。所属ができると、次に来る問いは必ずこれです。

誰がより弱いのか。

そしてこの問いには答えがありません。比較の基準が共有されていないので、定義しようとすると「何を数えるか」でまた争いが起きる。分析は、始まるべき場所で止まります。

3条件を全部起動する

決着しない問いの3条件に当てると、この語は全部を引き起こします。

条件この語の場合
規範を事実の形で問う「弱者と呼ぶべきか」が「弱者であるか」として争われる
比較の基準が不在強弱を測る単位が定義されていない
当事者の属性が争点語そのものが属性である

3つ目が特に重い。議題が「あなたのような人」になると、議論に負けることが自分の値下がりを意味します。 だから誰も譲れず、譲歩がアイデンティティのコストになる。

つまりこの語を使った瞬間、その議論は終われない形式に移行します。 参加者の善意とは無関係に、形式がそうなっている。

何を隠すのか

具体的に、この語を使うと視界から消えるものを挙げます。

方式の選択。 割り当て制と市場は、分布の形が違います。裾が積み上がるのは市場という方式の性質で、参加者の性質ではありません。属性で名付けると、方式が候補から外れます。

移行の歴史。 60年前に何が起きたのか、誰が設計したのか(誰もしていない)という話が、属性の議論には入ってきません。

代替機能の不在。 見合いがやっていた「自分では選び合わない人同士を接続する」働きが代替されていない、という具体的な欠落。これは補える可能性のある欠落ですが、属性の話をしている間は議題になりません。

収益モデル。 空白を埋めた事業が成立ではなく利用期間で収益を得ていること。これも仕組みの話なので、属性の議論からは出てきません。

つまりこの語は、対処の手がかりを全部視界の外に出します。 名前がついて安心する代わりに、直せる部分の議論を失っている。

「では問題は存在しないのか」

逆です。存在するから、解ける形で書きたいという話です。

属性は変えられません。仕組みは変えられます。原因を属性に置くと、記述として何も動かせなくなる。「そういう層がいる」で終わってしまう。

これは当事者を軽んじているのではなく、その反対です。分布の裾に積み上がっているのが個人の欠陥ではなく方式の帰結なら、それを言えることが一番実用的な擁護になります。 「あなたが劣っている」への最良の反論は「これは方式が生む形だ」であって、「私は弱者だ」ではありません。

派生した言説について

この語のまわりに、女性や特定の集団を批判する言説が育っています。

倫理の問題は別に論じるべきですが、ここでは分析として自滅しているという点だけ指摘します。

原因を仕組みから集団に移すと、対処の方法が消えます。仕組みは設計を変えられます。集団に責を置いても、そこから出てくる処方はありません。恨みは処方ではないので。

そして上の3条件でいえば、これは属性の争点性を最大化する動きです。議論を最も終わらない形にして、しかも何も直せない場所に原因を置く。 参加している当人の利益にすらなっていません。

このサイトが制度とインセンティブだけを批判対象にしているのは、倫理的な自制というより、そうしないと分析が動かないからです。

代わりに何と言うか

置き換えの例を書いておきます。

属性の言い方分布・仕組みの言い方
弱者男性が増えた交際経験のない層が約40%まで積み上がっている
女が選びすぎるようになった市場は選好を通すので集中が起きる。割り当て制には起きなかった
男が努力しなくなった探索と選別の費用が当事者に移り、しかも学習の機会が少ない
恋愛格差選好の集中が経験の累積差を生み、次の試行の条件差になる

右の列は長いです。バズりません。 そのかわり、どこを触ると変わるのかが書いてあります。

結論

この語は実在する分布を指しています。指し方が属性なので、指した瞬間に原因の分析が止まり、決着しない比較に移行し、直せる部分が視界から消えます。

使わないほうがいい理由は、上品さではありません。説明力が落ちるからです。

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出典: 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(2021年)」。

よくある質問

「弱者男性」という言葉は何を指しているのですか?
恋愛や結婚の市場で相手が見つからない層を指す語として使われています。指している対象は実在します。20歳以上の未婚男性のうち交際経験がないのは約40%で、これは統計に出ている分布です。
ではこの言葉を使えばいいのですか?
勧めません。この語は分布の事実を属性の名前に変換しています。属性で名付けると原因の分析がそこで止まり、「誰が弱いか」の比較に移行します。比較は決着しないので、議論が終わらない形式に固定されます。
問題が存在しないと言っているのですか?
逆です。問題は実在するので、解ける形で記述したいという話です。属性は変えられませんが、分布を生んでいる仕組みは変えられます。原因を属性に置くと、対処の手がかりが消えます。
代わりに何と言えばいいのですか?
市場は選好を集中させるので、集中に入らなかった参加者は経験を積めず、次の試行でも不利になります。この累積が分布の裾を作っています。属性ではなく方式の帰結として書けます。
この語のまわりで女性を批判する言説がありますが、どう見ますか?
倫理的に問題があるだけでなく、分析として自滅しています。原因を仕組みから集団に移すと、対処の方法が消えるからです。仕組みは変えられますが、集団に責を置いても何も改善しません。